Tuesday, February 15, 2011

Piano Concertos 1 & 2


Piano Concertos 1 & 2
>> とにかく遅い!
とにかく、テンポが遅い。(そのために、CDが2枚組になっている)



ちょっと、考えすぎなのではなかろうか。これがツィマーマンの求めていたショパンピアノ協奏曲なのかもしれないが、普通に演奏してくれた方がいいと思うのは私だけだろうか?



でも、ジュリーニ盤は超おすすめ!!
>> 祖国のピアニスト パリへ出る前の 青雲の志を熱烈に再現
ショパンの協奏曲はこの2曲であるが、このような大曲はポーランド時代にのみ書かれ、パリに出て以後は、"ピアノの詩人"らしい小品に専念する事になる。パリ以後も彼が引き続き挑戦し、あるいはパリの聴衆が求めていたとしたら、どんなに立派なロマン協奏曲が、引き続き生まれた事だろう!

スタイルは古典的で、ベートーベンが4番、5番協奏曲で始めたピアノによる導入もなく、オーケストラで開始し、途中から技巧の限りのピアノが入ってくる。ピアノ、指揮、オーケストラの協演そのものがある意味 室内楽的(小澤征爾氏)ともいえ、指揮者の登竜門であると同時に、むろんソロの技巧の見せ所でもある。ショパンのこの2曲は、よりピアノの技巧に満ちているし演奏もソロが引っ張る形も多かったようである。

ショパン弾きの ルービンシュタイン(p)盤や、マルタ アルゲリッチ(p) アバド ロンドン響(1)、ロストロポービッチ ワシントン ナショナル響(2)も感動的で定評あり、前者は LP から、後者は特に2番の2楽章の、オーケストラとピアノの迫真の緊張感に心打たれるものがあり、愛聴してきた。

好きなコンチェルトでもあるが、3枚目まで大枚はたいた理由は、ひとえに音楽評論家 宇野功芳氏の批評、推薦を読んだからである。

これは、祖国ポーランドのひげ面のピアニストと、その音楽性、熱意に、心打たれた若手名手が呼応して新編成されたポーランド祝祭響の、彼らのデビューアルバムの一つであり、ショパンのピアニズム、彼の恩師や祖国愛にあふれた熱烈な青春賛歌である。



冒頭の物々しいオケの出だし! 一聴してただならぬものを感じさせる。ゆっくりしたテンポから音程のずり上げ、ずり下げ(ポルタメント)、テンポの揺れ動かし。これは一体意図的な指揮の仕業か、それともメンバーの即興性か? ともあれスタジオ録音でこれほどの仕上がりを見せているのは、室内楽的、即興的とはいえ 熱心な個別練習、リハーサルのたまものであろう。

Virtuosity (名手性)のものとはいえ、ソロ ピアノの導入は(長いポーズの後)開始される。緊張感、オーケストラの自発性(むろんピアノが入れば、指揮はできまい)。ロマン協奏曲を、かくまでロマン的に演奏でき得た例を、筆者は知らない。

2番2楽章の緊張感や、切迫・迫真の協演もアルゲリッチ盤を上回る。



祖国愛と、祖国の音楽への自負、ショパンの星雲の志や恩師への尊敬、そして実らなかった恋愛。これらを見事に、熱烈に再現したロマン的名演!



アマチュアリズムに溢れた当盤を紹介、推薦下さった宇野功芳氏に感謝申し上げます。
>> 協奏曲の真価を問う
 ショパンコンクールの入賞者は、たいていが協奏曲を録音している。理由としては、それがコンクール本選の課題曲だということも挙げられるが、それ以上に、この2曲が非常な難曲だからだということが挙げられるだろう。つまり、ピアニストにとってはある種の試金石になっているのだ。

 そんなショパンの協奏曲には、当然名演と呼ばれるものも多い。たとえば、アルゲリッチ・ポリーニなど歴代のショパンコンクールの優勝者や、アックス・ルービンシュタインなど、往年の大家にも名演がある。

 しかし、どれを聞いても感じられることだが、やはりオーケストラの部分が物足りない。それどころか、ピアニストが繊細な弾き方をしていても、オーケストラだけがドイツ軍よろしく行進するような伴奏をつけているようなものもある。

 ところが、このCDにはそんな物足りなさや不自然さがまったく感じられない。オーケストラは“伴奏”ではなく“旋律”を奏で、ピアノとオーケストラの音が互いを主張しつつも完全に融合している。もちろん、弾き振りにありがちなタイミングの大きなずれもない。類稀な名演ということができるだろう。

 もちろん、人によってはこの演奏を甘ったるく感じて、他の演奏家のほうがいいという人もいるかもしれない。しかし、ピアノだけが目立っているのでは、それこそ協奏曲ではなく、“競奏曲”になってしまう。

 真の“協奏曲”を追及した演奏、一聴してみる価値はあると思う。

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