憂愁のノクターン
>> 反面教師にすることはできるかもしれませんが…
フジ子・ヘミング女史は、感情に訴えかけるための様々なアプローチをしているようですが、音楽的には余り好ましくない部分が多いように思います。
フジ子・ヘミング女史には申し訳ありませんが、私には良さが理解できませんでした。
また、余りにも常識離れしすぎた演奏だったためか、それとも私の頭が固いだけなのかは分かりませんが、音楽論的に正しいとは思えませんでした。
感情だけで演奏するのではなく、譜面に記載される正しい速度と正しいアーティキュレーションで演奏することも必要だと皆様は思いませんか?
作曲家達は、演奏される音楽が本来持つ素晴らしさを最大限伝えられるよう、大切に大切に思いをこめて譜面を完成させたはずです。
その思いを勝手に捻じ曲げて解釈しては、いけないような気がするのです。
最後に、もしよければ他のピアニスト(「小山実稚恵」さんや「ユンディ・リ」さんなど)の演奏も聴いてみてください。
そうすれば、私の示した意味が大なり小なり分かるかもしれません。
私のレビューを最後までお読みくださり、ありがとうございました。
>> ☆幻想的な音色に浸る☆
フジ子・ヘミングさんのピアノは何というか…。幻想的な音だなと。現実世界を忘れさせてくれるものがある。情味がたっぷりあって、きかざってない所がいい。こういう弾き方をされるピアニストは少ない。もしショパンやリストが現代にいたのなら、きっと彼女のことを絶賛したことだろう。こういう心の支えになるCDをもつことは大切なことだ。このCDを聴く時に、部屋の明かりをけして聴いてみたらよいと思う。
>> 感性が合うか合わないか、それが問題
聴く前まで、失礼だが、フジ子・ヘミングさんは、ピアニストなのに聴覚障害者を売りにして感傷的な音を垂れ流し、聴く側も、聴覚障害者のピアニストということに同情して寄付する感じで商品を買っているのかと思った。弾く側も聴く側も、作品を芸術ではなく福祉の視点で聴いているという偏見が有った。クラシックってそういう風潮が有るから。
しかし、実際に聴いてみたら違っていた。ブームになるのが理解出来た。
確かに、技術はピアノ&クラシックの初心者の私が聴いても巧くないと感じる。上手く力が抜けている部分が有れば、力が入り過ぎの部分も有る。音の粒が揃っていない気がする。聴覚障害者というハンデも有るかもしれない。
でも、技術的な面で重箱の隅を突付いて音楽を評価するのはつまらないです。彼女が背負ってきた人生の重み(しかし、押し付けがましくないし、重苦しくもない)、彼女の思想・感性・美意識が、濃厚な音色に乗って伝わってきました。少なくとも、技術は巧くても何の個性も伝わらない感じられないよりはましです。
ハッキリ言って、万人向けでは有りません。誰が聴いても技術的に巧いと評価出来る訳ではありませんし、フジ子・ヘミングさんとリスナーの感性が合うか合わないかで好き嫌いが分かれそうだからです。でも、クラシックファンにはレンタルしてでもいいから聴く価値が有ると思います。
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