ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》&7番
>> 敢えて異を唱える
クライバーの5番、7番の評判は極めて高い。ここamazonでの評価も旧盤のレビューで絶賛である。
しかし私は敢えて異を唱えたい。
ベートーヴェンの7番はクライバーで決まり、という論調をよく見かけるが、私にとってこの演奏は第2,第3楽章の速さが違和感を覚える。いくら「アレグレット」でもこの名曲をこんなに急いで演奏されては嫌だなと感じる。では第1、4楽章はどうか。速さは曲調に合っており問題ない。熱気を帯びた演奏もたいしたものである。しかし提示部の繰り返しがあるため、中だるみしてしまうのだ。
7番は遅い演奏ならフリッチャイが断然お勧めであるし、速い演奏が好みなら、このクライバー盤ではなくカラヤンとウィーンフィルをお勧めする。両演奏とも繰り返しがないのは言うまでもない。
ではこのディスクはだめなのかというと、実はそうではない。
5番の方が名演なのだ。速さの中にもしなやかさがあり、全曲にわたって緊張感が張り巡らされた演奏である。ただ、やはり提示部の繰り返しがあるのだけは減点だ。
>> C.クライバー VS E.クライバー
一世を風靡したウイーンの名指揮者エーリッヒ・クライバー(1890ー1956年)はベートーヴェンをこよなく愛し得意としていた。5番&6番のカップリングはいまも歴史的な名盤として記録されている。その子、カルロス・クライバー(1930ー2004年)はベルリン生まれ、ブエノスアイレス育ちで、「親子鷹」ながら父はカルロスが指揮者になることを強く反対したと伝えられる。
カルロスは父の使った総譜を研究し尽くして指揮台に上がったようだが、この5番&7番は、没後約20年後、父もここで名盤を紡いだ同じウイーン・フィルとの宿命の録音(1974、1976年)であり、余人の理解の及ばぬ、父を超克せんとする<格闘技>的な迫力にあふれている。同時期、ベルリン・フィルではその疾走感、音の豊饒さである意味共通するカラヤンの名演もあるが、明解すぎるほどメリハリの利いた解釈とオペラでしばしば聴衆を堪能させた弱音部での蕩けるような表現力ではカラヤンを凌いでいると思う。
父を終生意識しながら、その比較を極端に嫌ったカルロスが、結果的に父と比類したか、あるいは超えたかはリスナーの判断次第だが、この特異な名演が生まれた背景は、エーリッヒとの関係なしには語られないのではないかというのが小生の管見である。
>> ベートーヴェン交響曲第5番・第7番の決定的名盤
DGの名盤がオリジナル・イメージ・ビット・プロセッシング+ルビジウム・カッティングの技術で高音質化され、今月50タイトル発売された。来月さらに50タイトル発売されるが、この20世紀の不滅の音楽遺産というべき本作が高音質でかつお求めやすい合計100タイトルの目玉の1つであることは間違いないだろう。クライバー指揮ウィーン・フィルによる74、75年録音のベートーヴェン交響曲第5番・第7番のカップリングは過去に様々なフォーマットのものが発売されている。私は過去の高音質盤、特にSHM−CDエディションと聴き比べた訳ではないが、本作を聴いて、少ないノイズでLP時代のふくよかな質感に包まれる心地よさを感じたことは述べておきたい。
内容に関しては、ベートーヴェン交響曲第5番・第7番に着目するなら、本作が第1位に選ばれるべき決定的名盤だという定評に私も同意する。両方の曲を通じてリズムの歯切れの良さとスケールの大きさが圧巻。第5番は有名な冒頭の音の重量感から圧倒されるが、私は特に第4楽章が好きだ。音楽を聴く本質的な喜びに浸ることができる。第7番は、心が浮き立つ第1・第3・第4楽章もさることながら、第2楽章が至高の名演だ。人間のメランコリックな感情を包摂するように進行するオーケストラの調べは素晴らしい。サラ・ブライトマンがアルバム「ラ・ルーナ」で詞をつけて歌ったのが第7番の第2楽章。サラ等を通じてクラシックに関心を持った人がベートーヴェンの交響曲は何から聴こうかと迷うなら、本作はお薦めの1枚だ。
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