Sunday, January 16, 2011

ベスト・ピアノ100


ベスト・ピアノ100
>> 音楽に対する冒涜?
音楽は聴くものであると同時に読むもので、「学習」を必要とする。

これが意味するのは音楽に国境があるということに他ならない。

サウンドとしての音楽は国境を越えるだろう。

だが言語としての音楽は文法と単語をある程度知らなければ、

決して踏み込んだ理解はかなわない。

記号的な音の使い方は西洋音楽に限ったことではなく、

無数に例があるが、私にはそうした知識がない。

故に「サウンド」としか聴くことが出来ず、理解が深まっていかない。



音楽学者の岡田暁生氏は著書の「音楽の聴き方」でこう書いている。



学者でさえも国境があるがゆえに理解が深まらぬ、と著書の中で発言している。



音楽の正しい理解などと言うのは、

国境がある故に決して叶わぬものであり、

また音楽教育を受けていないものには到底辿りつけないステージである。



果たして音楽に対する冒涜だなどとぬかしている輩が、

どれほどの理解を示しているのか、知りたいものである。



音楽の理解や解釈などと小難しいものは、

演奏者や音楽学者にやらせておけばよいのであって、

ただ単純に楽しむだけの私を含む大衆は、聞いて感動していれば良いのである。



むしろ、

曲をたくさん聴いてきただけで調子に乗ってつけあがり、

生半可な知識で教育も受けていないものが、

音楽の解釈がどうだ、音楽の正しい理解がどうだなどと口にするのは、

誤った解釈を生み、それこそが作曲家への冒涜ではないか。



ヴェルディ、ベルリオーズ、シューマン、マーラー、ジョプリンなど

数多の作曲家たちは自分の作品が自分の思い通りに演奏されることを望んでいた。



例えばヴェルディは「演奏者が作曲家のまさに書いたとおりに演奏してくれれば私は満足である。

しかし困ったことに演奏者と言うのは作曲家の書いたものから外へ出ようとする・・・」と

書いている。



いかに偉大な作曲家達が誤った解釈を嫌い、またその作品が被害に逢ってきたか。



音楽の正しい理解が阻害されるなどと詠い、

批判を展開している者は、

自分の音楽への理解を今一度疑い、

むしろ自分の誤った解釈により偉大な作品を貶めている事に、

早急に気づくべきである。






>> お買い得。。。
ピアノ入門者におススメな、有名曲ばかり入ってこの値段はお買い得です!

短い曲ばかりなので(一楽章分しかはいってなかったり)、BGMとして

部屋で流すにはちょうどいいですが、

じっくり聴きこみたい方には不満かもしれません。




>> 録音が悪いです
曲毎にノイズフロアがばらばら。聴くに耐えないほどホワイトノイズが混じってるものもある。

まともに聴けるのは100曲中15曲程度。そう考えると非常に高い買い物だったと感じます。



非常に良い演奏・録音の曲もちらほらあるだけにもう少しどうにかして欲しかった。



以下視聴環境

プレイヤー:DCD-1650AE

ヘッドホンアンプ:P-1

ヘッドホン:HD650

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