バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻
>> 直截で楚な歌を持つポリーニのまじめなバッハ
なんと、ポリーニのバッハである。これだけでも驚いてしまう。ポリーニという芸術家には完璧ともいえるピアノ演奏の技巧を身につけた上で、これまた確かな教養を裏づけとして、レパートリーを決めうち気味に制覇する完全主義的な雰囲気があった。なので、近年の録音活動の活発化は、まさにフアンには歓迎の至りだろう。それにしても、これまでバッハの録音が一枚もなかっただけに、ここにきての新規レパートリーはびっくりの対象になる。
私がすぐに思い出したのはアシュケナージの例である。アシュケナージも相当長いことバッハのクラヴィーア独奏曲は録音してこなかったが、こちらも2004年〜05年に第1巻と第2巻の全曲を録音し、音楽フアンに思わぬ福音をもたらしたものだ。アシュケナージもポリーニもショパン弾きであるし、その辺もなにか関係あるのだろうか?
さて、ポリーニは第1巻である。(第2巻も録音してくれるのだろうか?)。聴いてみると、やはり今のポリーニである。楚な佇まいながら細やかな歌心があり、バッハの直裁な音楽がややまろやかに響く。また第2番に代表されるようなポリフォニックでかつスピーディーな曲では、ポリーニならではの直線性がぐっと前面に出てくる。
バッハの平均率の場合、モノローグのような、ともすると単調にもなりかねない部分もある。しかし、ポリーニは率直にこれを弾いていて、飾るようなところがない。起伏もあくまでも小さなニュアンスを含んだ歌にとどまっていて、このへんがポリーニというピアニストが天性として持っている芸術性による表現方法なのだろうと思う。
部分的にもう少しなんらかの色があった方がよいと思う箇所もあったけれど、これはこれで確かに「ポリーニならでは」の厳しさを持ったバッハなのだと思う。これからも、どんどん録音のレパートリーを拡充していってほしい。
>> 確固たる信念の録音
あのポリーニがバッハを録音したというだけでも驚きです。
そしてこのCD購入後、知らずのうちにもう何度繰り返し聴いたことか…
デビュー以来、ポリーニの全ての公式音源を耳にしてきましたが、
そんな彼のバッハを聴くのは今回が初めて…
というのが私を含めたほとんどの日本人ではないでしょうか。
以前より海外では演奏されていたというこの平均律第1巻
今回の録音は、ポリーニにとって“満を持しての録音”というのが、
冒頭のプレリュード〜フーガを聴いた瞬間からよくわかります。
それにしても音が美しい。豊かな低音から想像するに、今回もファブリーニを弾いているのでしょうか?
演奏内容は、今までのどの演奏よりも遊びが一切感じられなく、
彼らしい生真面目な平均律に仕上がっており、
襟を正し、約2時間息抜きの出来ない演奏です。
ポリーニと共にこの時代に生きてきて良かった…との幸せな想いにすら包まれます。
チェンバロに比較し、残響が豊かなピアノの特性を十分に生かしきった心地よい
フレーズの数々は生命力に満ち溢れ、ポリーニの確かな洞察力が要所に滲み出ています。
これから何度も何度も聴き込まれるにつれ、
偉大なる録音と認めざるを得ない第1巻となることでしょう。
※今回の録音でも終始呼吸音や唸り声が収録されていますが、私には全く気になりませんでした。
>> ポリーニの至芸
ポリーニが無敵のテクニックを誇っていた時代ではなく、キャリアの殆ど終盤近い時期に平均律を録音したことに、彼が長年に亘って温めていた遠大な構想を垣間見る思いがする。おそらく無限の可能性を持っているために、演奏上の限りない試行錯誤が要求されるこの曲集は、演奏家として、そして何よりも人間として豊富な経験を積んだ今の彼でなければ録音できないことを彼自身が自覚していたに違いない。それだけに決して野心的な演奏ではなく、むしろ自然体の境地にあるような誇張のない、心を込めた表現が生きている。
24の調で書かれたプレリュードでは音楽の内部から迸り出る個性以外の個性づけは避けているが、曲ごとの特徴を心憎いほど的確に捉えているのも事実だ。それに続くフーガの各声部は独立しているという以上に自由に解き放たれ、老獪とも言えるペダリングによってまろやかに潤っているが、それでいて全く混濁のない響きと、隙のない緊張感の持続が特徴的だ。またそれぞれの曲に対する造形美と曲集全体に与える統一感は彼本来の手法でもある。リヒテルの平均律が彼の非凡な創造性とピアノの機能を駆使したデュオニュソス的表現とするなら、ポリーニのそれは総てを秩序の下に明瞭に奏でたアポロン的な平均律と言えるだろう。
音質の素晴らしさも特筆される。尚2010年以降になると思われる同曲集第2巻の完成も大いに期待されるが、待つ側も長期戦の構えが必要だ。
No comments:
Post a Comment